一緒にいたいから |
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2005/07/10(Sun)
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頭痛、治ったー♪
頭が痛いのが治れば、元気回復です。 とはいえ、ただいま、大量出血期間中。 はやく、夫とベタベタしたい。 (生理中でも、ベタベタしてますが。) 結婚してから、ほとんど変わらないペースのセックス。 出産前日までしてたし、産後1ヶ月検診でのお医者様のオッケーを待ちかねたっけ。 セックスは単に性的欲求の解消や子作りのためだけでなく、 私たちにとってはコミュニケーションツールだな。 夫婦といっても、もともと赤の他人。 夫婦になったからといって、何でも分かり合える訳がない。 共に生活するからこそ、相容れないものを何とかしなくちゃいけない無理も発生する。 しんどいことの多い家庭生活に流される中、セックスで愛し合っていることを確認し、思い出す。 だから、愛情を持った視点で相手を見直し、投げやりにならず、乗り越えてこれたことも多々あると思う。 分かり合えなくて悲しい思いをしていた時期、夫の腕に抱かれながら訳もなく泣いたこともあった。 そんな気持ちのときでも、求められると応じてしまう私。 されるがままの性格が幸いしてるのね(笑) 我を通すし、分かり合う努力をする考えを持たないかのような性格の夫が、 夫なりに努力し我慢をしてくれたと感じている。 夫婦だからではなく、男として愛しているから努力できる。 女として愛されてるから、努力してくれてる。 私はそう信じている。 夫の理想は、たぶん男尊女卑ではないかと思う。 「女は、納得できなくても黙って男に従っていればいいんだ」とか言っちゃったことある。 私は「ありえね〜!んなこた、私と結婚した時点で無理だぜ〜」って即答したけど(汗) 私は“尽くす”という考えは持ち合わせてない。 どこか自己犠牲的なニュアンスを感じる。 自己犠牲の意識の下での努力は苦痛でしかない。 こんなにがんばってるのにと思ったとき、すべての努力が憎しみに変わるのではないかと。 そんな努力なんだか我慢なんだかわからないのは、私に続けられる筈がない!(自信あり) 相手の考えや気持ちに添いたいと思うことは、私にとって尽くすという意味ではない。 理解したいと願う気持ちに他ならない。 表面上、大なり小なりの我慢があったとしても、 共に喜び、共に悲しみ、共に歩くのに、犠牲は必要ないと思いたい。 私は夫と生きていきたいから、一緒に暮らしている。 そうでなければ、いつ逃げ出すかもしれない意味で、危険な嫁かも(爆) もしも。 万が一、夫が自分を犠牲にしていると感じているなら・・・。 解放してあげたい。 犠牲になんか、なって欲しくない。 私みたいないい女をゲットしといて、犠牲だなんて許せないわよ(ウソです) まだまだ、まだまだ、悟ったわけでもない未完全な夫婦。 これからも、いろいろあるだろうね。 ・・・・一番の危険要素は、私の好奇心かも、です。 |
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久しぶりかな奥さんに 「この人の記事 読んでみて」 って言うの。たぶんウチの奥さんもこの人と同じ・・いえ、近い考えなのかもしれないな。と、ふと思ったので。・... … 2005/07/10 23:22 そこそこの順正 |
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